概要
下水処理場(WWTP)は、良好に管理されている状態であっても、作業環境としては厳しい側面を持つ施設です。
一方で、閉鎖空間に滞留した硫化水素(H₂S)ガスに作業者が曝露された場合、死亡事故につながる危険性もあります。
また、運転コストや処理性能に関して多様な状況が存在しており、下水中の水質組成の変化を正確に把握し、それに伴って変動する硫化水素濃度を的確に監視できるかどうかが、施設の安全性や運転効率に大きな影響を及ぼします。

液相測定が重要である理由
これまで多くの下水処理場では、空気中の硫化水素濃度の測定や、手作業による採水(スポットサンプリング)によって、硫化水素濃度の把握が行われてきました。
一方、液相中の硫化水素を高精度に測定できる電気化学式センサー(図1)を用いることで、既存の場内SCADA やPLC システム、あるいはクラウドベースの監視システムを通じて、硫化水素濃度を継続的かつ精密に監視することが可能になります。

図1: 本センサーは、下水中への水中設置を想定した防汚構造を備えたコンパクトな電気化学式センサーであり、下水処理場内の各所や下水道管路システムにおいて、液相中に存在する硫化水素の実際の濃度分布を高精度に把握することが可能です。 このような連続監視を行うことで、フィードバック制御を活用した薬剤注入量の微調整が可能となり、運転管理における作業負荷を最小限に抑えながら、効率的な薬注管理を実現できます。
・気相測定との比較:
気相での測定と比較すると、液相での連続測定は、水中に存在する硫化水素そのものの濃度を直接把握できるため、より安定性・信頼性の高い指標となります。これは、硫化水素が水相から気相へ移行する速度や、空気中で検知される濃度が、水温・気温、水の撹拌状態(硫化水素の放散を促進する乱流)、水面から測定点までの距離、さらには測定空間の換気状況などの影響を受けて変動するためです。
・手作業による採水測定との比較:
手作業による採水測定は、コストや作業負荷が大きく、結果の把握までに時間を要する場合があります。一方、液相での連続測定を行うことで、臭気対策や作業安全対策に関わる硫化水素濃度の変化を、より迅速かつ継続的に把握することが可能となります。これらの測定を流入部(流入渠)や、さらに上流側の管路システムで実施することで、処理工程に流入する下水中の硫化水素濃度を常時把握でき、運転管理の高度化やリスク低減につながります。
液相硫化水素(H₂S)測定が効果を発揮する場面
液相での硫化水素測定は、下水中における最も高い濃度レベル(ワーストケース)を数秒単位で把握できるため、下水の流れの中で直接測定を行うことで、下水処理施設の運転管理におけるさまざまな側面で大きな効果をもたらします。
1. 迅速かつ高精度な連続測定により、硫化水素が滞留しやすい箇所や、日常的な濃度変動を大きく超える変動の影響を受ける箇所において、汚れやすく危険を伴う保守・点検作業に関連する潜在的なリスクを的確に把握することができます。
2. 硫化水素濃度の変化に応じて、流量の変化だけでなく実際の濃度をもとに薬剤注入量を調整・最適化できるため、作業者の硫化水素曝露リスクや、周辺住民からの臭気苦情を招くことなく、薬剤使用量を必要最小限に抑え、薬品コストの削減につなげることが可能になります。
3. 濃度変化を継続的に把握することは、高価な下水道インフラに対する腐食の進行を最小限に抑えるうえでも有効です。これにより、設備の早期劣化や想定外の更新を防ぎ、設備更新に伴う資本的支出の削減につながります。
4. 過剰な薬剤注入を回避するために必要な、精度の高い情報を提供することで、運転コストの削減だけでなく、化学的リン除去や化学的強化一次処理(CEPT)といった重要な生物処理プロセスが、過度な化学処理によって不安定化するリスクを低減することができます。
このように、液相で検知されるワーストケースの硫化水素濃度と、最も費用対効果の高い薬剤処理または曝気処理との間で最適なバランスを取ることにより、処理場内の主要なポイント(図2)において、運転管理上のさまざまなメリットを得ることが可能になります。

図2:本図は、液相硫化水素センサーを用いて、沈砂池(①)では臭気の発生を防ぐための硫化水素対策薬剤の最適化を行い、最初沈殿池(②)では化学的リン除去や化学的強化一次処理(CEPT)の効率を損なう過剰な薬剤注入を防止し、曝気槽(③)ではリン管理やストルバイトの生成抑制を目的とした薬剤注入制御を行っている例を示しています。
流入部(流入管):
処理場流入部の主要な流入管を監視することで、下流側設備の腐食、臭気の放出、ならびに作業者にとって危険となり得る作業環境からの保護につながります。
硫化水素への実際の曝露状況に応じて薬剤注入量を調整できるため、対策の精度が向上します。
流入部での監視は比較的導入しやすい対策のひとつですが、複数のポンプ場から流入する流入管を個別に把握することで、上流側の影響や下水道管路システム全体の挙動をより深く理解でき、硫化水素管理の高度化につながります。
例えば、夜間の揚水におけるポンプ場の運転しきい値を引き下げることで、水理学的滞留時間(HRT)が変化し、朝方に高濃度の腐食性硫化水素が一気に処理場へ流入する事態を防ぐことが可能になります。
最初沈殿池:
液相での高精度な硫化水素測定により、臭気対策において複数の効果が得られるとともに、生物処理プロセスに支障をきたす兆候を運転管理者に事前に知らせることが可能となります。
曝気槽:
曝気槽内での液相硫化水素の連続監視は、リンの管理やストルバイトの生成抑制にも有効であり、薬剤注入の適正化に役立ちます。
嫌気性消化槽:
嫌気性消化槽のバイパス配管や再循環配管において液相測定を行うことで、嫌気条件に起因する要因を適切に制御するための空気供給や硫化物対策薬剤を、必要なタイミングで投入することが可能となります。
これにより、臭気の発生を抑制しつつ、運転の安定化が図れます。
不要なコストの回避
薬剤処理に過剰なコストをかけてしまう問題に加え、変動する硫化水素(H₂S)濃度を連続かつ正確に把握できないまま処理方針を判断することは、運転管理において不要なリスクとコストを生み出します。
具体的には、次のような場面で処理プロセスの不安定化や追加コストにつながる可能性があります。
・硫化水素対策として鉄塩を過剰に投入すると、下流の生物処理に必要なリンなどの栄養塩まで結合してしまうおそれがあります。
栄養塩が一定レベルを下回ると、下水中の生物化学的酸素要求量(BOD)を分解する微生物を十分に維持できず、処理性能の低下を招く可能性があります。
・下水流中の揮発性脂肪酸(VFA)を過度に低減してしまうことも、生物学的リン除去に必要なバランスを崩す要因となります。
・活性汚泥プロセスにおいて、単細胞または短鎖状の細菌が減少することで不要な糸状性細菌が増殖すると、汚泥の沈降性が悪化し、沈殿池の運転や処理水質に悪影響を及ぼす可能性があります。
なぜ「精度」と「一貫性」が重要なのか
液相での硫化水素測定の最大の利点は、実際の硫化水素濃度に基づいて、安全リスクや腐食リスクを最も正確に評価できる指標である点にあります。
これは、日内変動が一定している場合であっても、突発的な運転トラブルによって濃度が大きく変動する場合であっても同様です。
24 時間365 日、継続的に状態を監視できることにより、硫化水素管理のための信頼性の高い基準値(ベースライン)を確立することが可能になります。
さらに、可搬型センサーの活用や、液相・気相の両方に対応した検知方式を組み合わせることで、処理場全体の運転管理における柔軟性を高めることもできます(図3)。
例えば、可搬型の液相・気相センサーを安全対策や臭気評価の目的で複数の場所に移動させて使用できること、とりわけクラウド接続に対応したセンサーを用いることで、処理場全体の運転状況を費用対効果の高い形で把握することが可能になります。
これにより、既存の硫化水素対策の効果検証や、これまで監視対象となっていなかった箇所の評価を行い、潜在的な問題箇所を特定・改善するための手がかりを得ることができます。

図3:液相・気相の両方に対応したセンサーは、下水中や水面上の空気中に柔軟に設置できます。 これにより、処理場全体および各処理工程における臭気、安全、運転トラブルの兆候を定量的に把握できます。
